パブリックブロックチェーンとデジタルネイチャー


#1

完全に非中央集権化されたパブリックブロックチェーンは資源である。BitcoinとEthereumはそれぞれ金や石油と比喩されるが、0xは石油が精錬された一種の潤滑油だし、Crypko.ai(make.girls.moe のようにAIが生成した絵が値段をつけて売りだされ、picbreeder.org のようにそれを合成して再販することができる自然現象) は一種の宝石と錬金術とも言える。

Unimpededな(制約されない)性質を得るように設計されたプロトコルは、信頼できない他国の第三者とlocal lawを介さずに取引を完結させる(注:これは決済だけでなくDEXのp2p取引等も含む) global lawとなり、今後ハイパーインフレや取引所規制や著作権法規制があるたびに合理性があるものからUnimpeded化されていくだろう。これは個人の思想とは関係なく、自然現象としてそうなる方向に不可逆に進んでいるように感じている。

この資源の活用にいち早く気づいた国や企業の紹介は割愛するが、特に興味深いのが米国SECの「現在のEthereumは証券ではない」という声明である。始まりが証券性を持っていても、非中央集権的になればコモディティと見做されたのは興味深い。

で述べたような二層化する世界において、デジタルネイチャーという資源を掘り当てる技術は今後指数関数的に効率化され、新しいパラダイムの仕事や商流の存在感を強めていくだろう。


#2

ここの完結っていう部分の定義が重要かと思う。

ネット完結のものが徐々に、実社会に波及するけど、どうしても実社会がの完結がどうしても同時に執行されない状態が必ず発生する中で、社会が以下のように転移すると推測。

> 非中央集権化されたパブリックブロックチェーン上に情報がアップされ、中央集権化と並列される。(おそらく、世代間で有効性に対する認識の違いが出る)

> 中央集権化システムの老朽化で維持ができなくなり、中央集権化システムがパブリックブロックチェーン上にデータをアップ

> 参加者が増えることで対応できない事象が発生し、分裂が起こり、複数のパブリックチェーンが並列

> パブリックブロックチェーン同士がある意味、民主主義じゃないけど戦うことが起きて、非中央集権同士の、抗争が起きそう。(デジタル完結の世界ではすでにビットコインなので経験)

上記を土地の登記とかに当てはめるとおそらく想像しやすい。

現状: 中央集権化システム(法務局)がKYCと書類確認をやっている

近い将来: 地方の町の消滅で、法務局が対応できない状態となり、有志がパブリックチェーンを構築。(初期は共存しても、最終的には法務局が情報をパブリックチェーンへ)

その先: パブリックチェーンの承認プロセスで異議が立つなどして、パブリックチェーンが乱立し、一つにまとまらない状態になる。日本だとそのリスクは低いかもしれないが、発展途上国だとかなり起きそう

そのその先:どのチェーンを信じるか?っという住民投票みたいな、チェーン連合同士の民主主義対決

ただ、結局使う人が多いチェーンは支持されるだろうから、これで擬似敵意何が起こるかっていうと、結論的に、

国が決めた境界が消えて、ブロックチェーン上に新しい境界ができる

ってことなんだろう。